2011年4月26日火曜日

熱海の夜。

写真は1979年の名曲、「抱擁」のジャケット。「頬を寄せ合ったあなたの匂いが私の一番好きな匂いよ」ってやつ。このセリフって、男から女に対しても使えるよねー。いいわ。
さて、お題の「熱海の夜」は1969年のヒット曲。志村けんのコント番組で俳優の柄本明が歌っている映像を観た私が、これはいけてるって思ったので、深堀してみよう。

たった一度の倖せが
はかなく消えたネオン街
忘れられない面影を
月にうつした湯の宿よ
熱海の夜

妻と書かれた宿帳に
沁みた涙の傷あとよ
ままにならない人の世に
やせて悲しい枯れ柳
熱海の夜

恋も湯けむり消えるもの
知っていたけど燃えました
こんな女の私でも
夢にみるのよ あの人を
熱海の夜

とゆー訳で、シチュエーションを再現とゆーか分析してみよう。
男は群馬県前橋市出身。県立前橋高校・東大法学部を経て大手鉄鋼メーカーの人事畑を順調に歩んでいた。女は東京都足立区出身。地元の商業高校を卒業後、某信用組合に就職。美形のため秘書室に配属になるが、初老の理事長に関係を迫られ、断りきれずにほどなく妊娠。ジャスト1000万円の手切れ金とともに退職を余儀なくされ、台東区湯島3丁目にスナック「ろくでなし」を開店。現在に至る。
店は順調だった。
男の自宅は文京区千駄木にあった。40坪程度の敷地で、妻の実家に用立ててもらった資金は6000万円。自らは500万円を出し、キャッシュで買ったので住宅ローンはない。会社には千代田線で通っていた。
ある日、大手町駅から千駄木駅までまっすぐに帰る気にはなれず、彼は湯島駅で途中下車をした。埼玉県熊谷市出身の妻は早稲田大学教育学部を卒業した才媛で、1人息子の教育に余念が無かった。千駄木に家を買ったのも、西日暮里にある開成高校進学を意識したものだったが、息子は結局、新宿区にある海城高校に在籍している。
仕事ではプレッシャーを感じない彼も、家に近づくにつれて眩暈を感じるようになっていた。地方の資産家の娘である妻は、融通がきかずプライドが高い。塵ひとつない無機質で寛げない家庭に彼は嫌気がさしていた。なので近頃、彼は湯島駅で途中下車することが多くなっていた。当初は池之端あたりを散策したり、パチンコに興じたりする程度だったのだが、ある日、湯島でスナック「ろくでなし」の看板が目に止まった。
「フフフ、ろくでなしかぁ…」。彼は店の戸を叩いた。
カウンター席しかない狭い店だった。その日、他の客はいなかった。

男は女の店に何ヶ月か通い、常連と言える立場になっていた。
「ねえ、ママ。2人でどこかに行かないか?」。
「構わないけど、遠いところ?」。
「最近、新幹線が開通したじゃないか。熱海までなら30分ぐらいで着いちゃうらしいよ」。
「嘘よ、竹ノ塚だって、それくらいかかるわよ、あなた何言ってんのよ」。

それから、2ヵ月後、2人は熱海の温泉旅館の一室で枕を並べて寝た。
お忍び、秘め事、火遊び、情事。すべては巧く運んだかに見えた。
しかし、翌日の昼近く、駅への道すがら商店街の「ひもの屋」の前を通ったその時、彼の顔色は青ざめた。店の中には偶然にも、彼と同期入社のH君がいたのだ。しかも、確実に目が合ってしまっている。
「しまった。奴の実家は、ひもの屋だった。カマスのひものが絶品だって、いつか自慢してたっけ!」。足早に立ち去る彼の心臓の鼓動はオーケストラのティンパニのよーに激しく打ち鳴らされ、暫く止まることはなかった。
「マズイことになった。奴とは入社以来、ソリが合わない。しかも、奴は現在、組合の専従の立場にいる」。来週中には社内のお歴々の耳に、この不倫旅行が大袈裟に喧伝されるだろうことは火を見るよりも明らかだった。

「ねぇねぇ、あなたどうしちゃったのよぅ、誰かいたの?」。
「いや、何でもないんだ。多分、人違いだ」。

てんびん座の彼は、彼女と会うメリットとデメリットを天秤にかけていた。彼はどうしても自社の役員になりたかったので、その目的を達成するためのマイナス要因は、極力、取り払っておきたかった。スキャンダルは致命傷になる。
「終わりにしよう」。彼は声にこそ出さなかったが、帰りの新幹線の中でサンドウィッチをつまみながら、彼女との別れを決めていた。

「私のどこがいけなかったのかしら?」。
季節を変えて、再び熱海を訪れた女には、1回きりで終わった情事の、その理由が判らなかった。新しい恋を拾うまで、彼女は、自問自答を続ける他はないだろう。
「ひものでも買って帰ろ」。東京・湯島のスナックには、新しく入った女子大生の女の子を待たせてあった。
「きれいに焼いて、お客さんに食べてもらおう」。
商店街からは伊豆の海の気配は感じられなかった。しかし、店先では心なしか、やや強めの潮の匂いが漂っていて、彼女には何故か、それが心地よかった。

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