2010年12月15日水曜日

イワン・イリイチの死。


「イワン・イリイチの死」はトルストイの後期中編小説で、望月哲男訳の光文社古典新訳文庫なので、ほんとスピーディーに読めた。何でこの本を借りてきて読んだかってゆーと、私の父の名前が岩本輝一なので、イワン・イリイチと発音が似ているため私が親近感を覚えたってゆーのが1番の理由かなぁ。
19世紀ロシアの裁判官が、自身の死に直面した際、右へ左へ揺れ動く45歳の悲哀を描いたストーリーで、短い小説なので、主題が複数あって同時並行して進んでいくといった類の作品ではなく、そのシンプルさ故、すんなりと読めてしまうのが嬉しかった。成功ってゆーか立身出世した法曹関係者(イヤな奴が多いんだけどねー)にありがちな世の中を天井から俯瞰したよーな幸せの絶頂を人生の中盤で味わいながら、最後は地べたに限りなく近いベッドやソファーの上で、のた打ち回りながら元気ハツラツの妻を呪いつつ死んでいくその様を、トルストイは極めて解りやすい心理描写で表現した。その問いかけは普遍的なもので、人生に意味はあるのかとゆー、こだまのよーに言い尽くされたそれである。私の友人の陳海明(福建省出身27歳)には、レンスン・メイイースーとゆー口癖があり、その意味は「人生に意味はない」とゆーものだ。翻って、50歳の私が自分自身に問いかけてみても、明確に、これこれこーゆー理由で人生には意味がある。ライフ・イズ・ビューティフルだー、って断言できるほどの材料は、残念ながら持ち合わせていないのよ。松山千春はその歌のなかで、「どうして生きているのー?君は僕にたずねたけれーどー、答えを急ぐことはーなーいー、やがてわかるーかーらー」と歌うのだが、これもアクチュアリー、問題解決の先延ばしでしかなく、質問の答えにはなっていない。
昔、よくテレビに出ていた占い師の泉アツノ(元タカラジェンヌ)なら「こんなんでてますけどー」と紫の頭巾の間から、明確に答えてくれるのかもしれないなぁ。まだ、存命だろうか?

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